未熟児で誕生しても生きられる!

2019年2月の終わりに、1人の男の赤ちゃんが東京の大学病院を退院しました。赤ちゃんは生まれて以来、ずっとこの病院で過ごしていたのです。赤ちゃんが生まれたのは2018年8月のことですから、この子は生まれてから半年以上の間ずっと病院生活を送っていたことになります。

この子が生まれたのは妊娠24週のときで、生まれたときの体重はわずか268グラムだったとのことです。268グラムといえば、2,680グラムで生まれた赤ちゃんの何と10分の1です。2,680グラムでも平均出生体重からいえばやや小さめなのですから、この子がどんなに小さく生まれてきたかがわかるでしょう。世界記録を塗り替えたのでは?と病院の方はお話しされているそうです。また、女の子よりも男の子方が未熟児の救命率は低いそうですので、この点でも快挙と言えるでしょう。ちなみに、退院時は体重が3,200グラムを超えるまでにすくすくと成長を続けているとのことです。よかったですね!

このような赤ちゃんのことを一般的には「未熟児」と呼んでいますが、医学的には出生時の体重ごとにもう少し細分化されています。2,500グラム以下で生まれた赤ちゃんのことは低出生体重児、1,500グラム以下なら極低出生体重児、1,000グラム以下であれば超低出生体重児というふうに呼び分けられているのです。1,000グラム以下のグループの中でも、1,000グラムの赤ちゃんと比べれば約4分の1の体重。ここでも、この子がどんなに小さく生まれてきたのかがわかりますね。

このように赤ちゃんが低体重で生まれてしまうのには、母体に原因がある場合と赤ちゃんの側に原因のある場合の両方があります。また、自然に早産してしまう場合と、お医者様の医学的判断により早く出産する方がリスクが少ないとして、人工的に早産をさせる場合とがあります。いずれの場合も、早産と流産を分ける数字的な境目は妊娠22週です。それ以前の時期に赤ちゃんが胎内から出てしまった場合は、赤ちゃんが命を長らえられる可能性はごくごくわずかです。(ゼロではありません!) この22週以前の場合の大部分は流産ということになります。

さて、そこで別のことに目を移してみましょう。現在の日本の法律で人口妊娠中絶が認められている妊娠週数をご存じでしょうか?

人口妊娠中絶については、初期と中期に分けて考えられています。初期は妊娠12週目まで、中期は21週目までです。そして、22週を過ぎると日本での人口妊娠中絶は法律により認められていません。それは、先ほどお伝えしたように22週になると赤ちゃんは母体の外に出ても生きられるとされていることが1つの根拠なのです。

初期と中期では、人口妊娠中絶手術の方法も大きく異なります。初期においてはスプーンのような器具を使って子宮の内容物をかき出す「掻爬」という方法と、「吸引」の2つの方法があります。手術は数分から20分程度で完了し、麻酔が切れたらその日のうちに帰宅できるケースも多いのです。

対して、中期の場合は人工的に陣痛を起こさせて出産するような方法となります。母体への負担も大きく、通常の出産とほぼ変わりません。役所への死亡届の提出や火葬などの手続きも必要となります。

それでは、妊娠21週で妊婦が中期中絶手術を受けた結果、埋葬される赤ちゃんと、妊娠22週の早産となり、長期間病院に滞在した後に温かく家庭に迎え入れられる赤ちゃんとの違いは何でしょうか? もしくは、21週で中絶される赤ちゃんと21週以前の早産で奇跡的に命を取り留めた赤ちゃんとの違いは何だったのでしょうか? 答えは1つしかありません。それは、前者は妊婦自身と周囲に望まれていなかった、後者は望まれていたということだけです。


私たちの命は、自分自身とは別の人間が望むか、望まないのかという理由によって、その生存そのものが左右されてもよいものなのでしょうか? また、私たちが親の側の立場であった場合も、自分が望むか、望まないのかという理由で、赤ちゃんの命を左右してもよいのでしょうか? 人によって信じる宗教はさまざまですし、無宗教の方も大勢いらっしゃいますので、ここではあえて宗教的な側面からのお話はしません。ただ、生命の神秘にひれ伏すとき、そしてほかならぬ自分自身もその神秘の営みによってこの世に誕生したということを考えるとき、そのときどきのこまごまとした状況に大きく影響されざるを得ない自分ひとりのちっぽけな意思によって子どもの命を左右するには、事はあまりにも重大過ぎるのではないでしょうか。

その決定を妊婦ひとりが負うことは僣越というよりも、むしろ妊婦ひとりだけに負わせる責任がそれでは大き過ぎるのではないでしょうか? 子どもの父親の意見はどうなのでしょうか? ひとりで妊娠はできないのですが、赤ちゃんの父親はどこへ行ったのでしょう? 自分のことなのですからもちろん妊婦自身にも責任はありますが、生物が身体的に成熟して異性を求めることも自然なことなら、その結果子どもを授かるのも自然なことです。何も恥じることではないし、むしろ誇りを持って赤ちゃんを産み、場合によっては社会に託せるという仕組みがもっと充実していてもよいのではないでしょうか? 実際に欧米諸先進国ではその仕組みがもっともっと発達していて、生かされているのです。

妊娠21週での中期中絶手術と妊娠22週での人工的な出産では、医学的な処置としてはそれほど大きな違いはないとお伝えしました。だとしたら、22週という線引きにも大きな意味はないでしょう。ましてや現代では医学の進歩により、妊娠20週、18週といった超早産であっても立派に成長している赤ちゃんもいます。22週という線引きそのものがすでに医学の進歩に追いついてきておれず、実態にはそぐわなくなってきているのだとも言えるでしょう。

一人の人間としての妊婦の意思はもちろん尊重されるべきものですが、妊婦自身が後悔しないためにも正しい知識を持ち、正しい判断につなげなければなりません。今、赤ちゃんをおなかの中で現に育てているお母さんがもしその子を望まないのだとしても、生まれた赤ちゃんを望む方たちはほかにいるかもしれないのです。いえ、実際に大勢いるのです。「自分が」「今」望まなくても、「誰かほかの人たちが」「近い将来」その子を望んでくれるんだと信じられる社会は、予期せぬ妊娠をした女性たちにとっても、生まれてくる子どもたちにとっても、心から子どもを望んで恵まれない夫婦にとっても、みんなにとってより幸せな社会であることでしょう。